ミートソースピラフ・チーズサラダ・コンソメスープ・牛乳・りんごゼリー
毎朝それぞれの教室で放送を聞きながら礼拝を守る形になって40日が過ぎた。前奏・後奏と讃美歌はヒムプレーヤーやCDの音源を使う。司会生徒の聖書講読、教員や外部講師のお話も少し短め。木曜日の献金はようやく昨日から再開した。従来の礼拝に近づけようと努力しているが、何かが違う。
バーチャルとは言わないが、顔の見えない放送礼拝はやはりチャペルの全校礼拝のような臨場感はない。話す側も聞く側も、相手の表情を見ながら、反応を確かめながら、リアルな、生身の人間同士のぶつかり合いが敬和の礼拝にはある。まさに「人はその友によって研磨される。」(箴言 27章 17節)である。
今日からイベントの参加人数制限が緩和されるという。感染対策をしっかりしながら、野球やサッカーなどは観客を入れることが徐々に始まるらしい。このまま、順調にいって様々な催しに集客できるようになると、学校のような施設での集会開催条件も緩和される。そうなれば、礼拝も従来の形に戻せるのだが、首都圏の感染状況を見ると見通しは立たない。
残念ながら他校に進学した娘が、敬和受験の際、初めてチャペルの礼拝に参加した時のことを思い出す。帰宅後、興奮しながらこう言った。「父ちゃん、礼拝すごいな。パイプオルガンの演奏聞いてたら、天井から何か小さなものが下りてきたぞ。」チャペルでの礼拝は、時に神秘的な出来事が起こるのである。
(S・K)